メールマガジン JOLLYのお茶の間バレエ鑑賞記-パリ・オペラ座バレエ『嵐が丘』-

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2005年11月11日(Fri)

パリ・オペラ座バレエ『嵐が丘』

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パリ・オペラ座バレエ『嵐が丘』 Hurlevent de Kader Belarbi
【振付・演出】 カデル・ベラルビ
【出演】 マリーアニエス・ジロー(キャサリン)、ニコラ・ルリッシュ(ヒースクリフ)、ジャンーギョーム・バール(エドガー)、エレオノラ・アッバニャート(イザベル:エドガーの妹)、ウィルフリード・ロモリ(ヒンドリー:キャサリンの兄)、ジャンーマリ・ディディエール(ジョゼフ)、セリーヌ・タロン (ネリー:家政婦)、ミュリエル・ズュスペルギ(キャシー:キャサリンの娘)、ジル・イゾラ (リントン:ヒースクリフの息子)
【脚本】 アガタ・ベルマン&カデル・ベラルビ
【原作】 エミリー・ブロンテ
【音楽】 フィリップ・エルサン
【舞台美術・照明】 ペーター・パブスト
【衣装】 エルザ・パヴァネル
【収録】 2002年
CS(シアター・テレビジョン)で放映されていたものを録画鑑賞。英国の女流小説家、エミリー・ブロンテ唯一の小説『嵐が丘』を、パリ・オペラ座でエトワールとしても活躍するカデル・べラルビが演出・振付けた舞台。舞台美術は、ピナ・バウシュ作品の舞台美術でお馴染みの、ぺーター・パブストによるものだそうです。
さて、作品の感想ですが、ベラルビには申し訳ないけれど、うーん、イマイチ。鑑賞前に原作を読んで予習していたけに、私の思い描く『嵐が丘』とイメージが違うのが辛かったです。個人的なイメージ云々を抜きにしても、『嵐が丘』という作品の世界を上手にバレエ化できているとは思えませんでした。そもそも戯曲ではない物語、しかも複雑な血縁関係の2世代に渡る長編の愛憎劇、おまけに原作には無駄な描写、無駄な人物は皆無ときている。そんな作品を舞台用にまとめるには、どこを切り捨て、どこを生かすかの取捨選択と構成の手腕が問われると思うのだけれど、このあたりの取捨選択が、私には納得のいかないものでした。原作を当然知っているものとして、わりと不親切な構成で話が進むのだけれど、そんな演出いらないって思えるような箇所がたくさんあって、それとは逆に、え?そんなにあっさりとその部分を飛ばしちゃうの?という説明不足と思われる部分(イザベルがいつのまにやら死んでるという扱いになっていたり、いきなりキャシーやリントンが登場したり、いきなりエドガーが死んだり、唐突にキャシーやリントンが出てきたり)があったりして、なんだか落ち着かない作品でした。1世代に的を絞って、三角関係を中心に描くのか、2世代にわたる復讐劇を起こすヒースクリフの執念を描くのか、個性の強い登場人物たちの入り乱れた人間関係の面白みを描くのか、どれかに的をしぼらないと全部盛り込むのは、さすがに無理でしょう。そもそも、私にとって『嵐が丘』という物語の最大のキー・パーソンは、ヒンドリーの息子で、ヒースクリフの養子状態であったヘアトン・アンショーだと思っているので、ヘアトンを割愛するのであれば、ヘアトンの父となるヒンドリーもいなくていいし、キャシーやリントンもいらないんじゃないか思うのだけれど・・・・・。こういうのを見ると、今さらですが、改めてアダム・クーパーが作った「危険な関係」って、ものすごく上手にまとめてあって、すべてが素晴らしかったなぁと今頃になって思います。(あれはDVDにならないのかしら?)あれをパリオペで上演してもらいたいわ。
以下、細かく気に入らない点と気に入った点を。
まず冒頭。子供時代のヒースクリフとキャサリンの仲良しだった頃が描かれるわけですが、ここがとにかくキツイ。とくにマリ・アニエス・ジロ。あの大柄な体格で、少女を演じても見ていてヤバイぐらい無理がある。パンツ丸見えなあたりも、演出なのかどうか知りませんが、正直なところ薄気味悪さすら感じてなんだか寒気がしました。ここは同じ衣装を着せた子役にして欲しかったです。
あと、登場人物も私の思い描くイメージと違っていました。とくに、マリ・アニエス・ジロのキャサリンが、全く違う。キャサリンは、もっと癇癪もちのイヤなオンナだよ。彼女のイヤな性格が、あの悲劇を招いたといっても過言ではないぐらいの強烈なキャラクターだというのに、あれでは悲劇に翻弄されたただの心優しいヒロイン。ジロのキャサリンには、高貴な凛とした雰囲気はあるものの、病的な部分や鼻につく高慢さが足りなかった。足りないというか、そういう役作りなのかもしれませんが、私には不満。ついでに、マリ・アニエス・ジロだと見た目が健康的すぎて、精神的なものが原因で病死するとか幽霊になるというあたりの説得力も足りなかったです。ただ、役作りには不満はあれど、踊りに関しては、全く不満なし。見ごたえがありました。とくに髪をおろして、長いドレスで踊る姿。とてもとても美しかったです。やはり、ジロは足も大きいし筋肉質だから、ドレスで隠すほうが美しく見える。そう思えば思うほど、冒頭のパンツ丸見えな衣装が痛々しかった。(苦笑)
 ウィルフリード・ロモリのヒンドリーは、登場するやいなや、あれ、これって召使ジョゼフ?と思うぐらい高貴さがゼロ。ヒンドリーって、一応領主でキャサリンの兄で、妻を亡くしてから、どんどんやさぐれて品位を落として行くわけなんだけれど、はじめから身分の低いやさぐれみたいな人物でした。ヒンドリーは、上流のプライドを持っていたがために、ヒースクリフを見下して虐め、それが、ヒースクリフのヒネクレた性格の原点となるのに、時間の都合上、過去をカットするのはいいけれど、あれじゃ、ストーリーを知らない人の目にはキャサリンの兄だとは気がつかないんじゃないかしら?
 ニコラのヒースクリフですが、村人からも疎遠で孤独なヒースクリフが群舞(村人)と一緒に踊るっていう演出も、違和感を拭えなかった。あと、ニコラのヒースクリフは、やはり暖かい血の通った人間なんだよね。威圧感や凄み、恨みの部分は十分伝わるのだけれど、悪魔的な冷たい邪悪なオーラがなかったのが残念。私にとってのヒースクリフは、とにかく悪魔的で冷たくて、見つめられただけで血も凍りそうなぐらいゾクゾクさせるような人。「ノートル・ダム・ド・パリ」でローラン・イレールが演じたフロロに近い、舞台に現れただけでゾクゾクとする邪悪な冷たい空気を求めていただけに、これまた、ちょっとイメージと違うなーと。あと、ヒースクリフは、成り上がって戻ってきてから復讐を開始するわけですが、「成り上がった」という描写は甘い(というか、全くナシ?)な気がしました。踊りは、さすがですね。ジャンプ力といい、悲しみ、愛情、絶望等の表現といい、すばらしかったです。ただ、悪魔の冷たさだけがなかったので、このあたりは意図的なものなのかもしれません。私には、そこが物足りなく感じました。あと、ニコラ、洋服のボタンを掛け違えていましたね。(ロモリと踊る場面)
 意外にも私のツボにハマったのが、リントン家の兄妹を演じた、ジャン・ギョーム・バールとエレオノラ・アッバニャート。この二人の役作りは完璧。いまだかつて、こんなにバールをカッコイイと思ったことはなかったわってなぐらい素敵なバールでした。(いつもあのデコに引いてしまうのだけど、今回デコも気にならないぐらい優雅で美しくて素敵だった。)ただ残念なのは、年をとったエドガーと若い頃のエドガーに全く違いが見えなかったので、キャシーの父親には見えなかったことと、死ぬのも、唐突に感じたこと。エドガー(バール)が、洋服を次々と重ね着していくというあの演出の意図するものも、イマイチよくわからなかったし・・・・。まあこれはダンサーのせいではなくて演出の問題だと思いますが・・・。アッパニャートのイザベルもすばらしかった。これぞ、イザベル!というぐらいハマっていました。ただ、ヒースクリフから逃れられない運命を示唆すべくタイツを足元に結び付けて踊る場面、あの演出は、わかりやすかったけれど、どうしても足元の結び目が美しくなくて、イヤでした。結び目ナシにできなかったのかしら?それともあの結び目に意味があるとか言う?だったらイヤだわ。
 ダンサー陣でダントツですばらしかったのは、セリーヌ・タロン。この作品のすべての振付の中で、彼女の踊ったパートが一番明確に役柄と物語を語ってくれていました。本来、家政婦のネリーは、ヒースクリフやキャサリンの親と同世代という設定ですが、そこは、若々しく変えてありましたが、傍観者でもあり、悲劇を防ごうとする守り手の立場でもある部分が、踊りの中に溢れていてとても説得力があってすばらしかった。コンテンポラリーダンス系の振付が、また似合うこと。マッツ・エクを躍らせたら右に出るものはいないといわれるタロンですが、やはりコンテでの存在感は圧巻でした。
舞台の美術に関しては、やたらと出てくるソファーが邪魔。視界をさえぎり、ダンサーの動きを見せるのを妨げるようなものは、バレエの小道具としては不適切ではないかしら?というわけで、全体的には、演出&構成&解釈に不満がたくさん残った作品でした。ベラルビ、ゴメンね。
スレッドテーマ:バレエ ジャンル:学問・文化・芸術
 
│posted at 22:42:54│
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